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虫 丁丁

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31.10.2006

【天声人語】2006年10月30日(月曜日)付

 3人寄れば、知恵も浮かぶ。三すくみにもなる。2より1大きいだけなのに、ものごとをぐんと複雑にしてしまう。3は不思議な数だ。

 数学者を悩ませもする。フィールズ賞の辞退で話題になった難問「ポアンカレ予想」は、4次元以上は解けたのに、3次元だけが未解決だった。一見単純に見えるほど難しいということだろうか。

 小学生は「3項計算」に悩んでいる。一つの式に数字が三つ以上並ぶと、かけ算や割り算の優先など、計算規則を知らなくてはならない。国立教育政策研究所の調査では、6年生の半分近くは3項計算ができなかった。

 「計算規則が身についていない」。全国の小中高校への出前授業を通じて算数のつまずきの原因も探っている芳沢光雄・東京理科大教授はこう心配する。計算練習を重ねて初めて身につくものなのに、教科書の練習問題は、ほとんど2項計算。国を挙げて算数教育に取り組むインドでは、3項の計算をみっちりやって規則をたたき込むそうだ。

 おなじみのジャンケンの三すくみも、実は単純ではない。芳沢さんは725人に頼んで1万回以上の実験をしたところ、グー35%、パー33%、チョキ32%、また、同じ手を続ける割合は4分の1以下だった。表か裏か、コイン投げとは違って、偶然だけには左右されない。こう知れば、いっそう興味もわいてくる。

 3の効用は、賛成か反対か、黒か白かと、横行する単純な二分法と違う道を見せてくれる点にもある。とりわけ明日を背負う子供たちは、そんな3の世界にもっと親しんでほしい。

【天声人語】2006年10月29日(日曜日)付

 人口あたりのイヌの数が最も多い都道府県はどこか。イヌの登録頭数のデータは、狂犬病の予防注射を所管する厚生労働省にある。群馬県庁でイヌの登録を担当する職員が計算してみたところ、群馬が1位だった。人口100人あたり7・3頭が登録されていた。三重、山梨、香川、岐阜と続く。最も少ない東京は3・1頭だった。

 本紙群馬版が理由を分析した。海のない県が上位に多く、山間部に出没するサルやクマから農作物を守るためにイヌを飼った名残ではという推論だ。しかし栃木は21位、埼玉31位、奈良41位。いささか説得力に欠ける。

 「奇説」として歴史的背景にも触れた。「生類憐(あわれ)みの令」の徳川綱吉は将軍になる前、今の群馬県の館林城主だった。昔からイヌをかわいがる風土があったという説だ。

 綱吉ゆかりの神社仏閣を見がてら、館林まで行ってみた。イヌの姿はちらほら。それほど多い感じではない。駅前のペット美容室も、「うーん、そうなんですか」という答えだった。

 東京に次いで少ないのは大阪、山形、福井、石川だ。都会は住環境の問題があるし、そもそも人が多い。日本海側が並ぶのは不思議だ。山形県の担当者は「優しい県民性ですが」と首をひねる。雪国は少ないのかとも思うが、雪が降れば、庭駆け回るものだろう。

 秋田犬や土佐犬などを擁する「ブランド県」が上位のわけでもない。登録がきちんと行われている県が上位なのではと説く人もいたが、否定する声もあった。結局よくわからず、頭に浮かんだのは「犬民性」ということばだけだった。

【天声人語】2006年10月28日(土曜日)付

 プロ野球人生で心に残る出来事を一つあげるなら——。そう問われて、新庄剛志選手が答えたという。「オレがすごい最低の打率の時にオールスターに出て…。オールスターですよ。打席に向かう時にペットボトルを投げられた時の、あのシーンだけは…。死ぬ、いや死んでも忘れられない」(27日付 日刊スポーツ)。

 ファン投票で選ばれた阪神時代、97年のオールスター戦直前の打率は、2割1分台だった。第1戦では、阪神を含むセ・リーグの応援団から応援をボイコットされ、スタンドには出場を批判する横断幕が現れた。

 それが、いわば地獄を見た日だとすれば、日本一となった一昨日は、天国に居るような気分だったのだろう。試合が終わる前から、涙があふれていた。

 地獄の日の後、米大リーグに行って戦い、やがて日本に戻り、チームを元気づけて、ついに頂点に立つ。長く起伏のある軌跡、悲願の成就、そしてプロとして二度と白球を追う日が来ないことへの哀切が入り交じった涙のようだった。

 日ごろから派手な振る舞いが目立った。歌舞伎や演劇の世界に「外連(けれん)」という言葉がある。役者をつり上げる「宙乗り」や「早替わり」といった、見た目本位の奇抜さを狙った演技を指す。

 確かに見かけは外連に通じていたが、日本ハムや野球ファンの枠を超えて、見る者に訴えてくるものがあったと思う。18歳だった1年目に買った茶色のグラブを、修理しながら今も使っているという。そんな質朴さも備えつつ北の大地に咲いた、外連味あふれる大輪の2割打者だった。

【天声人語】2006年10月27日(金曜日)付

 眼下に、戦後の混乱したウィーンの街が広がる。遊園地の観覧車の中で、男二人が相対している。粗悪な密造ペニシリンの売人になったハリーに旧友マーチンスが問う。「子供の病院へ行って、君の犠牲者を一人でも見たことがあるのか」。キャロル・リード監督の「第三の男」の名場面の一つだ。

 ハリーは、観覧車の下の方に虫のように小さく見える人々を指して言う。「あの点の一つが動かなくなったら——永久にだな——君は本当にかわいそうだと思うかい」(『グレアム・グリーン全集』早川書房)。

 軍事史研究家の前田哲男さんは、この場面を、第二次大戦の「戦略爆撃」と重ね合わせて述べている。「空中高く他者への生殺与奪権を保有することになった時代の不条理を鮮やかに描き出した」(新訂版『戦略爆撃の思想』凱風社)。

 20世紀の初頭に生まれた飛行機が無差別爆撃に使われ、おびただしい市民が殺されてきた。独軍によるスペイン・ゲルニカへの爆撃から、旧日本軍による中国の重慶、連合国側による独・ドレスデン、日本へのじゅうたん爆撃、そして原爆投下。点のような人、あるいは点にすら見えない遠い相手への爆撃は、戦後もベトナムやイラクなどで続いた。

 1938年から5年余に及んだ重慶への爆撃の責任を問う裁判が、東京地裁で始まった。原告の言葉が重い。「無差別爆撃は私に、一生続く身体と精神の傷を与えました」

 無差別爆撃の傷は、日本にも深く残っている。人間を単なる「点」と見た時代を省み、その実相を未来のために記憶したい。

【天声人語】2006年10月26日(木曜日)付

 英国のジェーン・オースティンの小説で、若い女性が歴史について語る場面がある。「八分通りは作りごとなのでございましょうに、それがどうしてこうも退屈なのか、私は不思議に思うことがよくございます」。この言葉が、「歴史は現在と過去との対話だ」と述べたE・H・カーの著書『歴史とは何か』の扉に掲げられている(岩波新書・清水幾太郎訳)。

 退屈な作りごとにせよ、過去との対話にせよ、歴史を知ることは、現在を考え、未来を思うためには欠かせない。人生の必修科目の一つかもしれない。

 日本の高校で、世界史が必修になったのは94年だった。日本史など他の科目との絡みで議論があったが、若いうちから世界史を学ぶのは大切なことではある。

 その必修の世界史を教えていないのに教えたことにしたり、教えたことにして県教委にうその報告をしたりしていた高校があることが、相次いで明るみに出た。このままでは卒業出来ないと知った生徒たちの衝撃は大きかっただろう。

 問題の裏には、入試対策があるという。実際に受験する科目に絞って勉強したいとの気持ちが生徒の側に強いのは、分からなくはない。しかし、それを教える側までがやみくもに認めるのはおかしい。

 受験まで数カ月しかない。履修には50分授業が70回必要だという。受験に絡まない勉強を受験の間際にするのは、つらいかもしれない。しかし、やるしかない。学校も全力をあげて生徒たちを支援するほかはあるまい。学習指導要領の定めが妥当なのかどうかは、いずれ検討するとしても。